ヤシマソブリンの引退後

●ヤシマソブリンの引退後

仰大なる3冠馬の陰に隠れ、なかなか実力を評価されない馬たちもいたあの年、ナリタプライアンの同級生として頑張ったヤシマソブリンは、2002年の秋、故郷である三石橋本牧場に戻ってきた。「あれだけ頑張ってくれた馬だもの。うちで面倒見なくちゃね。牧場孝行な馬だもの……」日高は今、一番牧草を刈るシーズンに人ったばかり。牧場主の橋本義次さんも、牧草作業の真っ最中のところを、手を休めて話してくれた。ヤシマソブリンの様エゾミドリは縁あって16歳の時に橋本さんの牧場に来たそうだ。

そして、配合相手として橋本さんが選んだのが、地元一二石町のスタリオンに繋投されていたミルジョージだった。翌年、元気な牡馬が誕生、それが後のヤシマソブリンである。橘本さんにソブリンの仔馬時代の印象を聞いてみた。「今と同じ。ソブリンはなぁーんも変わってない」工ゾミドリに似て、ヤンチャで我の強い馬なのだそうだ。でも、橋本さんのソブリンを見つめるまなざしは「可愛くて仕方ない」といわんばかりに、温かさに溢れていた。種馬の世界は本当に厳しく、結果がすべてというシビアなビジネスだ。それでも、せっかく種牡馬になれたのだからと、橋本さんは種牡馬登録を続け、毎年数頭の種付けを行っている。夢をあきらめるのは愉単。でも、橋本さんはソブリンの血を残そうと懸命である。たとえI頭でもいい、産駒が生まれてこなければ、可能性もゼロになるのだ。橋本さんは希望を捨てず、いつか、ソブリンの仔で走る馬が出てくると信じているという。ソプリンもそれに応えようとしているのか、種付けはとても上手だそうだ。工ゾミドリはソプリン出産後に3頭の牝馬を産み、22歳で天寿を全うした。ソプリンの全妹ローザンヌシチーが母の後継となって血を繋いでいる。もちろん、兄であるソプリンも頑張っている。橋本牧場の繁殖牝馬にソプリンを付け、無事受胎が確認できたそうだ。来春、仔馬が生まれてくるのを、天国にいるエゾミドリも楽しみにしていることだろう。種牡馬の中で、故郷の牧場に戻って種牡馬生活を送れる馬は、本当に数少ない。日高管内に100頭を超える種牡馬がいても、そのうちほんの数頭だけである。馬の輸入や輸出が当たり前となったこの時代、種牡馬を続けていくことすら厳しいというのに、ヤシマソプリンは最森の余生を手に入れたのだと思う。それは、ただひたすらに34戦を走り抜いたソブリンヘの、これ以上ないご褒美と言えるだろう。生産牧場が馬たちにかける情熱は、いつかきっと形となってあらわれる。ソブリンが残した栄光が色あせないような、新たな輝きが生まれる日を待ち望んでいる。

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