メイショウサムソン競馬血統データ

サンデー軍団を一蹴したサドラー系のクラシック2冠馬

メイショウサムソン

2015年度種牡馬ランキング第20位、2014年度種牡馬ランキング第36位、2013年度種牡馬ランキング第55位
2003(平成15)年生鹿毛 2016年度種付け料▷80

●メイショウサムソン血統図

オペラハウス
Opera House
鹿1988
サドラーズウエルズ
Sadler,s Wells
Northern Dancer
Fairy Bridge
カラースピン

Colorspin

High Top
Reprocolor
マイヴィヴィアン
鹿1997
ダンシングブレーヴ
Dancing Brave
Lyphard
Navajo Princess
ウィルプリンス サンプリンス
エール

●メイショウサムソン血統背景

 父オペラハウスはキングジョージ6世&QES、コロネーションCなど、イギリスの芝12FのG1を3勝したステイヤー。代表産駒にテイエムオペラオー(ジャパンC、有馬記念)、ミヤビランベリ(目黒記念)、テイエムアンコール(大阪杯)、ニホンピロジュピタ(南部杯)。母マイヴィヴィアンは10戦0勝。四代母ガーネットは昭和34年の天皇賞と有馬記念に優勝。戦前に小岩井農場が輸入したフロリースカップの流れを汲む。エイシンサンディ(種牡馬)もガーネット一族。母父としてのダンシングブレーヴの代表馬にスイープトウショウ、クラレント、トライアンフマーチ。

●メイショウサムソン産駒、クラス別勝鞍・勝率

ダート
OP 3勝/7.0% 0勝/0.0%
1600万 2勝/6.5% 1勝/33.3%
1000万 12勝/15.2% 2勝/7.7%
500万 23勝/11.0% 6勝/3.9%
未勝利 30勝/7.3% 18勝/4.7%
新馬 5勝/3.8% 1勝/3.0%

●メイショウサムソン産駒競馬データ

■代表産駒
テイコウアンジュ(アルテミスS)、サムソンズプライド(プリンシパルS)、レッドソロモン、フロンテアクイーン(クイーンC2着)、トーセンナチュラル(スイートピーS2着)、トーセンアルニカ、ハピネスダンサー、メイショウソラーレ、メイショウ部位段、昌原ドリーム、ザトゥルーエアー、ストレンジクォーク。
■最適コース
牡馬・中山芝2000、阪神ダ1800
牝馬・東京芝1600、中山芝2000

■全成績 103-90-116・1500

●メイショウサムソン血統競馬勝利特徴

  • 穴の競馬を見たいなら東京!マイルも走れる
  • 芝の重不良は鬼。ジリ脚の出番
  • ダートはどの距離も3着多数

●メイショウサムソン産駒・血統競馬勝利ポイント

芝の6番人気以下/36連対、東京芝/19連対
芝の重【5-4-3/38】、不良【2-2-2/11】
転向アンジュが15年アルテミスSのを制して、重賞勝ち馬第一号に。フロンテアクイーンも16年クイーンCで2着して穴をあけ、どちらも昨年版で強調しておいた東京芝1600だった。マイルで走れる馬もたくさんいる。2歳戦では目立たないものの、芝2000の未勝利戦が増えるコロから勝利の雄叫びが聞こえる。「たぶん時計のかあkる馬場向きだろう」と決めつけていると、東京で速い上がりを繰り出して馬券に絡むこともしばしば。産駒の勝利数1位コースは中山芝2000で、これはイメージ通りだろうが、2位は東京芝1600で穴も多い。母系サンデーを持っていれば鋭い脚を使う馬も少なくないし、6番人気以下の馬券絡み回数は東京芝がダントツ。万馬券なら断然、東京狙いだ。15年はこれまで勝ち星が伸びなかった京都芝でも、多数の勝利をあげた。中yま、小倉、函館などで上がりの速くない展開や馬場を得意とするジリ脚の中距離型も多いことを押さえた上で、東京や京都で走る切れるタイプを見逃さないようしたい。芝の道悪は鬼で、馬場が悪化するほど数字が上がる。ダートは準オープン勝ちのメイショウソラーレが出世頭。どの距離も3着画多いので、3連系を活用したい。

●現役時代の競馬

国内26戦9勝、フランス1戦0勝。主な勝鞍、ダービー、皐月賞、天皇賞・春、天皇賞、秋、スプリングS、大阪杯。宝塚記念2着(2回)。小さな牧場に生まれ、安値で買われた馬が良血馬を散らす。
競馬を芳醇にする下克上の物語は、サンデー産駒の登場以降、めっきり影を潜めた。それでも競馬の神様は時折ミラクルを挟み込む。2歳時は7戦3勝。小倉でデビュー、中共2歳Sをレコード勝ちという戦績は出世コースではなく、購買価格わずか700万円、騎手は石橋守という地味なプロフィールも、クラシック後方の匂いからは遠かった。3歳になり、きさらぎ賞でドリームパスポートの2着の後、スプリングSを単勝1450苑で快勝。好位から早めに先頭で押し切り、バテない長所を活かした鞍上との呼吸も一戦ごとに合っていく。それでもまだ皐月賞は6番人気だったのだから、先入観は罪深い。使いこむほどに逞しさを増すメイショウサムソンに敵は存在せず、皐月賞、ダービーと、アメを含んだ馬場も味方につけて二冠達成。22年目でG1騎手となった石橋を、敗れた騎手が笑顔で祝福する後継が見られた。三冠を狙った菊花賞は、レコード続出の軽い馬場が合わずに4着に敗れる。4歳で天皇賞・春を勝利し宝塚記念はアドマイヤムーンの2着。そして凱旋門賞へ向けて準備が勧められたが、馬インフルエンザに感染していることが判明して渡航は取りやめ。以降は武豊に手替わりし、天皇賞・秋1着、ジャパンC3着など「サムソン第2章・苦闘編」が始まるが、このコンビでは8戦1勝。雑草王者にスター騎手は似合わなかった……という感想も、先入観だろうか。5歳で08年の凱旋門賞に出走。他馬にぶつけられる不利があり、ザルカヴァの10着に敗れる。

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