カッティングエッジの引退後

●カッティングエッジの引退後

バトルラインの取材を終え、カッティングエッジの取材のために場内を移動する途中、お話してくれる繁殖担当者の煎村なお子さんと遭
遇。重村さんはなんと馬上の人。松尾さんに事情を伺うと、BRFのスタッフは事務系のスタッフまで含め、ほとんどの人が調教を付けるの
だと教えられ、納得、そして感心した。頂村さんの手が空くまで、撮影をさせてもらうことに。広大で、しかも実に美しい放牧地に案内されたが、1組の母子しかいない。それがカッティングエッジ爵子だった。 続きを読む »

エムアイブランの引退後

●エムアイブランの引退後

「いつもだったら、プランは放すとすぐにぶっ飛んでいくのに、今日はそうでもないな(笑)」エムアイプランを放牧後、新冠農業協同紺合畜産センターのベテランスタッフが笑った。朝の種付が終わり、放牧される時間を取材時間として指定してくれたのは、美しいブランの馬体が、大好きな泥遊びで汚れないうちに撮影させてあげようとの、八木場長のご好意なのだ。ブランは、放牧直後に走るだけではなく、すぐに砂浴ぴ場に寝転がって、せっかくの白い被毛を泥だらけにするのがH課らしい。 続きを読む »

バトルラインの引退後

●バトルラインの引退後

バトルラインはビッグレッドファーム•明和(以降BRFUJI)に繋投されている。ここに種牡馬厩舎が新設されるまでは、種牡馬たちはBRF浦和に繋投されていたので、見学の際は注意。さっそく、種牡馬担当の松尾邦宏さんに案内してもらった。筆者はBRF明和を訪れるのは初めてだ。種牡馬用の厩舎はまるでヨーロッパの写真集に登場するように、シックで可愛らしい。その先のスロープを降りていくと、バトルラインはじめ、種牡馬たちの放牧地がある。『バト』 か、「バトル」つて呼んでます。呼んで来ることもあれば、来ないこともありますね。ラヴもマックスも呼べば必ず来るし、特にラヴなんか走ってくるんでカワイイですよ(笑)」そういえば、以前の繋養先に取材に行った際、呼んでも全然来てくれなかったのを思い出した。自分の気が向かないとダメなタイプなのかも。でも、案に相述して、すぐに寄ってきてくれ、ひと安心。ただし、全身の写真を撮ろうとして移動すると、レンズを覗き込むような、首を低くした姿勢でノソノソと寄ってきてしまう。相変わらずくつきり割れたお尻の筋肉も、胸前の筋肉もムキムキで、毛ヅヤもピッカピカなため、ボーっとして人の(馬の)良さそうな顔とあいまって、オジサンぽいボディービルダーみたいに見える。 続きを読む »

ステイゴールドとテイエムオペラオーと他の引退後

●ステイコールドの引退後

ステイゴールドの種牡馬としての人気の高さは、初年度の種牡馬展示会ですでに見て取れた。プリーダーズスタリオン・ステーション(以降Bss)には報道陣やファンを含め、例年を大幅に上回る人垣ができたからだ。そのフィーバーぶりがダテではなかったことは、日高地区でナンバーワンとなる177頭という種付け実績が示している。BSS場長で、ステイゴールドの担当者でもある常本建輔さんに、2シーズン目を迎えたステイの近況をうかがった。「2年Hの種付け頭数は大きく減るのが普通ですが、6月18H現在で114頭。最終的には120頭を超えるのではないかと思います。数の多さを心配されるかもしれませんが、ステイはバテるどころかますます元気ですよ(笑)」確かに、今のステイを見ると、黒鹿毛の色艶の良さが体力と気力の充実を物語っている。繁殖牝馬の質を維持するため、種付料は据え箇かれたが、相変わらずの人気ぶりは、生まれた産駒の評価が後押しした結果だろう。現役時代は420キロ台がベストの「小さな巨人」だった。「あまり大きくしないで」というファンの声に応えているわけではないが、現在も470キロ程度。一回り大きくなったと感じさせるものの、しなやかな素軽いイメージはそのままだ。「小柄な種牡馬にとっては、馬格のある繁殖牝馬との交配は難事なのですが、ステイはそれもソツなくこなす。そうした点からも優れた種牡馬だといえるでしょう」昨夏はファンの多さにも驚かされたという。BSSの見学開始は8月15日で、7月中旬から下旬にかけて解禁となる他のスタリオンより遅い。そのせいか、待ちかねたファンが5 00名を超えたBもあり、駐車スペースの確保や人の誘消に苦労した。「人気があることはわかっていましたが5
00人とはね……。ただ、ステイは玄人好みというか、見学の心得をわきまえたファンがほとんどなので特に心配はしていません」昨シーズン、ステイが牽引役となったBSSは1036頭という史上最多の種付け頭数を記録。今年もその勢いを維持し、6月半ばで1000頭を突破した。期待の新種牡馬エアシャカールを失うという不幸はあったが、サッカーボーイやアフリートらの大御所も健在だ。ちなみに今期のトップは140頭超のブラックタキシードになりそうだ。「1000頭は超えましたが、総数ではどうなるか。平均種付頭数ではトップを維持できるでしょう」BSSへ来て8シーズン目を迎える常本場長が見たステイはどんな馬か語ってもらった。「自己主張の強い馬だけど、自分をコントロールすることを知っている。来シーズンはビッグレッドファームで供用される予定ですが、種牡馬として必ず成功すると思います」今年の夏以降に移動の予定だが、詳細は決まっていない。見学希望者は、紐成走馬のふるさと案内所に問い合わせた方がいいだろう。

●テイエムオベラオーのその後

種牡馬としての最初のシーズンを浦河のイーストスタッドで過ごしたテイエムオペラオーが、HBA門別種馬場へ移って来たのは2002年10月8日。距離にしておよそ150キロ、2時間足らずの旅だ。7つのGIを制した”最強馬”にとっても久々の旅だったが、さすがに動じることはない。担当の増田誠一郎さんの手をわずらわせることもなく、新しい環境にもすぐに慣れた。「さすがに走った馬らしく、頭がよくて余計な手間はほとんどかけさせない。自分の役割もよくわかっているし、人間にはびっくりするほど大人しくて俊しい」初年度産駒が続々と誕生し始めた。最初の産駒は涌河の辻牧場で1月27日に生まれた。けベイダーは災国生まれで、その父はグリーンデザート。予定Hより早い出産だったが、均整がとれた馬体で、歩様もきれいな鹿毛の牝馬だ。2月21日の新種牡馬展示会では新入厩のオペラオーも初供用馬らとともに展示された。駆けつけた竹園正継オーナーが生まれている産駒の良さを紹介し、種牡馬2シーズンHが本格的にスタートした。一方、オペラオーの生まれ故郷、浦河の杵臼牧場では3月11日、タクリーム(父ミスタープロスペクター)が牡馬を生んだ。栂のイトコにシングスピール、叔屈にグロリアスソングがいる世界的な良血馬だ。翌12Hにはその誕生を祝うかのように、マルカセンリョウ(父ラムタラ)が名古屋大賞典を快勝した。杵臼牧場にとって1年5ヶ月ぶりの囲賞制覇となったのである。昨シーズンの種付け実紹は98頭。シンジケート種牡馬と一概には比較できないが、実組に見合う数は集めたといえるだろう。とはいえ、どんな種牡馬も2年目は減るもので、今年は6月17H現在で66頭。竹園オーナーの持ち馬では、テイエムオーシャンの半妹テイエムアゲシオ(父フォーティナイナー)とのカップリングに期待がかかる。現役時代の最高馬体亜は引退間際の480キロ。体の線の美しいステイヤー体型だったが、その本質は種牡馬らしい体つきになった今でも変わらず、放牧地で悠然と草を食む馬体からは、天性のしなやかさと柔らかさが感じられる。競走馬としての闘争心は深く影を潜めたが、穏やかさのなかに芯の強さが残り、どこかピンと張り詰めた気配がある。4月、2003年度顕彰馬選出記者投票の結果がJRAから発表された。オペラオーは最多の105栗を獲得したものの、選出基準(154名の4分の311116累)に満たず、チャンスを逸した。あれほどの成績を上げた馬にこのうえ求められるのは、種牡馬としての資質、実績、そして結果ということだろうか。浦河から門別へ。わずか1年でのスタリオン移動は異例の措岡だが、これも”最強馬“の血を日高に浸透させるための手段のひとつ。オペラオーの第2幕は、まだ始まったばかりなのだから。

●アメリカンボスの引退後

馬連4万8650円を演出した有馬記念から1年。通算3度目の挑戦となった有馬記念がアメリカンボスの最後のレースとなった。暮れも押し迫った288にHBA門別種馬場へ人厩。先輩に「アドマイヤボス」がいる関係で、種馬場での呼び名は「アメボス」に落ち着いた。担当する針生剛さんの印象は「やりやすい馬」。馬同士ではキツいが、総じて大人しいそうだ。新たに6頭の供用馬を迎え入れたHBA門別種馬場は2月21日に展示会を開催。アメボスのオーナー、畦韮英雄さんも駆けつけて来場者に挨拶し、愛馬の門出を見届けた。種牡馬デビューは直後の268。そうそうたる先輩種牡馬たちに先立って、スタリオン内で最も早い”初仕プロスペクターx名牝ミェスクの血は、生産者にとっては魅力的だ。山口幸敏場長は、馬体、血統、成績に加えて、「生後1ヶ月以内支払いで50万円という種付料の設定が人気の一因」と分析している。ごく一部の人気種牡馬を除けば、100万円以下が主流。お手ごろ感を誘う価格設定が種牡馬生命を左右する。放牧地では先輩ボスのアドマイヤボスと隣同士。年下の先輩は昨年137頭の牝馬を集めた人気種牡馬だが、アメボスはそんなことはおかまいなし。牧柵の一部にかかった青いネットに食いついている。冬季の風よけのために張られたシートの一部らしいが、草を食む合間の格好の玩具になっている。アメボスは5歳春の中山記念から25レース続けて重賞に出走。GIには手が届かなかったが、一介のバイプレーヤーを超えた、存在感のある「記憶に残る馬」だった。なかでも有馬記念2着の印象が強烈だが、40戦すべてで手綱を取った江田照男騎手はレース後、「どうせなら2着より1着の方がいいんだけどね」とコメント。このぐらい走っても不思議はないという感触を持っていたのだろう。針生さんは、「父を超えるような成紹を残せる馬が出るといいね。コンスタントに走る馬がいい」と言うが、果たしてアメボスの仔は堅実派なのか一発屋なのか。いずれにしてもデビューが待ち遠しい限りだ。

マヤノトップガンとマーベラスサンデー他の引退後

●マヤノトップガンの引退後

何度も馬を見ていると、その馬の行動パターンやキャラクターが飲み込めてくるものだ。マヤノトップガンの場合、キーワードは「マイペース」。誰が米ても、ちらっと横目で見るだけで、顔も上げない。まして、近付いてくることはなかった。
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ナリタトップロードとグラスワンダーの引退後

●ナリタトップロードの引退後

『ナリタトップロード路上にて』という本で、現役時代のトップロードについては、今まで他の人間では触れられなかったことまで知ることができた。数々の買重なエピソードが語るのは、彼がいかに多くの人に深く愛されたかということだ。 続きを読む »